20171225
今日はクリスマスですね。
キリスト教では、一年の始まりの日だそうです。職場の、信者の方に教えていだきました。
それなら私もと、生活を立て直すべく、朝ごはんをいつもの(お味噌汁とごはん)に戻し、お弁当を作り、晩ごはんを作りました。
失恋をすると小説にしたくなるので、しばし小説らしきものを執筆?し、7:3くらいで願望もこめて、でも親密になるところまでしか筆が進まず、かなしくなって、ふるさと納税でいただいた日本酒をあけてしまいました。
明日のお弁当の準備とか、お風呂に入るとか、いろいろしなくてはいけないし、明日も髪を巻いたり(一昨日から新しいことを始めてみました)しなくてはいけないので、早く起きなければならないのですが、日本酒が甘口で美味しいです。
しっかり咀嚼すれば食欲がなくてもごはんは食べられる。
かわいい部下とはいきませんが、そつなくそこそこ立派に仕事もやっておる。おそらく。
私がかわいくてもにくたらしくても、係長はどうでもいいのでしょうが。
人間同士って、わかりあえることなんてないのでしょうが、わかりあえそうと錯覚してしまい、わかりあいたいと願ってしまうような、自分に似た弱い人を今まで好きになってきたのに、今回は、わかりあえなくても構わなくて、わかりあえないという現実の、孤独にも耐えうるような強い人を好きになってしまった。
孤独と感じることも、ないのかもしれないな。
そりゃ、こんなに人に執着する人間の気持ちはわからないことでしょう。
それでも、私は、私の好きな人たちと、少しだけでもわかり合いたい。たとえ、それが錯覚でも、錯覚が誰かの力になることも、あると思うんですよね。少なくとも私はそうでした。
今夜はキリスト教信者としては、恋人とうきうきと過ごす日でも、家族と楽しく過ごす日でもなくて、静謐に世界平和などを願うような日とのことです。
世界平和なんて大きなことは考えられませんが、私は私の好きな人たちの幸せを願いながら、もう少し日本酒が飲みたい。
小説は書けたら公開してみようかな。