双極性OLのぼちぼちな毎日

なんくるなくなーい!双極性2型を患ったOLの、日々奮闘(?)記

あるおっさんの話

この話を膨らまして、ゲスの極みセンセイの鞄みたいな小説を書いてみたい。

センセイの鞄 (文春文庫)

センセイの鞄 (文春文庫)

男がゲスくて、女が若い時点で、センセイの鞄ではない気がする。がーん。
でも、男がゲスくて、女が若くないと、この話は成立しない。むむむ…

あと、おっさんのゲスさと女のあほさがありきたりすぎるかなぁ。と、この記事を読んで思いました。

本命彼女を作らずセカンド女子牧場を経営する、ヤリチン男6つの常習手口 - 妖怪男ウォッチ

この本のニシノくんだって相当ひどい男だが、「~男」などとくくることができない。ニシノくんは「ニシノユキヒコ」というジャンルの男だ。

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

川上弘美さんって本当にすごいなぁ。


'``*:.。. .。.:*・゜゚・*


就職活動をしていた数年前、私はあるおっさんに出会った。

おっさんは私の父に年が近くて、私はおっさんの一番上の子供に年が近かった。

おっさんは太ってはいなかったが、はげていたし年を重ねた人の臭いもした。おっさんは年相応におっさんだった。

しかし、おっさんはイケイケな会社で、ガンガン出世をして、かなり偉い人になっていて、エネルギーは年相応ではなかった。

おっさんは、自分の価値観が一番正しいと思っているタイプの人間だった。

近づいて価値観を押し付けられたらエネルギーを奪われるので、私はそういうタイプの人間が苦手だった。なので、できるだけおっさんを避けていた。


ところがある日、おっさんの方から私に近づいてきた。

おっさんは、自分とは真逆の価値観を持つ私に興味を抱いたようだった。

おっさんは、自分の価値観が一番正しいとは思っているが、違う価値観に柔軟だった。貪欲に吸収し、自分の視野をまだまだ広げようとしていた。やはり年相応ではなかった。

おっさんは私をなぜかべた褒めした。
「君のような頭のいい女性には初めて会った」
「君のような能力の高い人は、それを十分に発揮できる場所を選ぶべきだ」

当時面接に落ち続け、社会に出て行く自信をなくしていた私は、おっさんの言うことの根拠がさっぱりわからなかった。

そう伝えるとおっさんは、「どんなに暗いことでもいいから、不安を全部俺に吐き出してみろ」と言った。
私が暗いことを言えば言うほど、おっさんはおもしろがった。そして最後にいつも私のことをやっぱり君はかしこい、と言った。

ある日おっさんに、「君の考えてることを知りたいから、一番好きな本を教えてくれ」と言われた。
数日後会った時に、おっさんはその本をすでに読了していた。
おっさんがしっくり来なかった部分を述べたので、私は反論した。そうやってしばし議論した。
おっさんは楽しそうだった。そして、「少し君の気持ちがわかった気がする」と言った。


私の心はどんどんおっさんに侵食されていった。うれしいこともかなしいことも、真っ先におっさんに報告したくなった。


おっさんはだんだん私の悩みにアドバイスしなくなった。悩みを打ち明けると、「で、君はどうしようと考えてるんだ?」と聞くようになった。
私はおっさんにがっかりされないように、必死に考えて、おっさんに幻滅されないか不安になりながら、答えた。
するとおっさんはいつも、「素晴らしい」と褒めた。
あなたに幻滅されないか不安だったの、と言うと、おっさんは、「俺が君に幻滅するなんてことがありうるわけがない」と言った。


いつしか、おっさんと私のやりとりに、色恋のような雰囲気が漂いはじめた。

おっさんは、私と会うことをデートと言い始め、私の容姿を褒め始めた。私の恋愛について尋ね、嫉妬しているようなことを言い始めた。

おっさんは子どもの自慢はしてきたが、奥さんのことは話そうとしなかった。

「君の全てが知りたい」
「何でも話してほしい」
おっさんは私を翻弄するのがうまかった。


もちろん私は、おっさんとどうこうなろうなどとは微塵も思っていたかった。
ただ、おっさんのことを男としてどうしようもないほどに好きになってしまっていた。

しかしその頃の私は、おっさんがどうしたいのか、何を考えているのか、さっぱりわからなくなっていた。


ある日、おっさんと食事をした。
帰りのエレベーターで、突然キスをされた。
おっさんのキスは、すごく下手くそだった。

私はますますおっさんがわからなくなった。わからなかったので、とりあえず何事もなかったかのように振る舞った。


数日間、この出来事をずっと考えた。
考えれば考えるほど、混乱した。

子どもな私に出せる結論は、おっさんが私のことを、自分に好意を抱いている若い女が近くにいるから、とりあえず都合のいい存在にしようと思っているのではないか、という陳腐なものでしかなかった。

そんなおっさんは嫌いだった。私が大好きなおっさんは、そんな大人であってほしくなかった。これまでのおっさんとのやりとりの全てが、そのためのものにしか思えなくなった。

一方、私はおっさんのことが大好きなので、そういう関係を求められて、拒む自信がなかった。そんな自分が大嫌いだった。


数日後、私はおっさんを呼び出した。
たかがキスくらいで仰々しい、とも思ったし、これでおっさんと私のよくわからない関係の寿命を縮めることになることもよくわかっていたが、おっさんが何を考えているのか、聞かないと頭がおかしくなりそうだった。
何事もなかったかのように振る舞えるほど、おっさんのことがどうでもよくなくなっていた。


おっさんは、昔はいかがわしい関係の女性がいたことや、だけれど年齢や多忙のせいで今はそういうことはさっぱりなこと、そのような関係になりたければ、もっと直接的な方法をとること、などと大人が言いそうな根拠をつらつらと並べて、「君の言う都合のいい関係に、君とのことをするつもりはない」と言った。

そして、「君と友人になるのか、恋人になるのか、師弟になるのか、俺は迷っている」と言った。
おっさんの口から、「迷っている」という言葉を聞いたのは初めてだった。
大人のくせに、こんな時だけ決まってないことを口に出すのはずるい、と思った。
決まってないくせに、好きな人にするようなことをしてくるのはずるい、と思った。

私は、おっさんに幻滅されたくなくて必死に考えた。そして、「そんなにはっきり決めなくてもいいんじゃないかな」と言った。
これじゃ、おっさんを呼び出した意味が無い。でもとにかくおっさんに嫌われたくなかった。
でもおっさんの顔を見ると、これはおっさんが期待した答えじゃないことはわかった。

「あんなことをするのは、15年ぶりだった」
「その証拠に、すごく下手くそだっただろ」と、おっさんは言った。
14年前に、おっさんの一番下の子どもが産まれた。私がそのことを知っていることも、おっさんは知っていた。
いくらキスが下手くそだったからって、そんな言葉信じられるわけがない。やっぱりおっさんはずるい、と思った。

「君は俺にとってかつてない特別な存在で、俺は君にとってかつてない存在だったわけだ」と、おっさんは言った。
私はますますおっさんも、大人も、わからなくなった。


それから程なくして、おっさんは冷たくなった。
それまでのやりとりが幻だったのかと思うほどに、態度が一変した。
私が相談すると、「そんなこと俺に話してくるな」と言うようになった。
会っても、2,3言事務的な内容をやりとりするだけになった。

何でも話せって言ったくせに、君の全てを知りたいって言ったくせに。
君に幻滅するはずがないって言ったくせに。
おっさんに夢中になった私は、おっさんにとってかしこい女ではなく、ただの女になった。
おっさんはそんな私に飽きたのだろう、と私は理解した。
置いて行かれた私は、途方に暮れた。途方に暮れるほどに、おっさんがいないと何もできない、つまらない女になっていた。


おっさんと連絡をとらなくなって少ししてから、ショッピングセンターでおっさんとおっさんの子供を見かけた。
おっさんは、見たこともないくらいのくしゃくしゃの笑顔で、子供と話していた。
私は、おっさんのかっこつけた笑顔しか見たことがないことを知った。
勝てないな、と思った。すぐに、もともと私とおっさんの子供では、競いようがないことに気づいた。
競うとしたら、私の相手は、おっさんの奥さんの方だった。でもなぜか、おっさんの奥さんのことを考える時より、おっさんの子供のことを考える時の方が、おっさんのことを遠くに感じた。
「かつてない特別な存在」って、なんだったのかな、とぼんやり思った。


おっさんのくしゃくしゃの笑顔を見てから、だんだんとおっさんのことを考える時間が減った。

今日はおっさんの誕生日だ。一緒に祝ったことがあるわけではないが、自分のことが大好きなおっさんは自分の誕生日を年中宣伝していたので、覚えてしまった。この季節になると、今でもおっさんのことを思い出す。
今の会社に入社できたのは、おっさんのおかげみたいなものなので、すごく感謝している。
おっさんとのやりとりはとても楽しかったので、いい思い出だ。
あんなに年の離れた人をあそこまで好きになれたことも、稀有な体験だったと思う。

それに、あの頃の、旅先でおっさんへのお土産を選ぶのに、何軒もお店を回って悩んだ私や、私が定年を迎える頃、おっさんはこの世にいるのだろうか、などとふと考えてほろりとしたりしていた私は、そこそこかわいらしかったと思う。
おっさんはそんなこと知らないだろうけど。

おっさん長生きしてね、もう会うこともないけどね、と、白い息を澄み切った夜空にはいてみる。

今でも、あの時どうすればよかったのかわからない。
あんなに自分をさらけ出して、優しくされたら、どうやったって私はおっさんのことを好きになったと思う。
おっさんだって、私がおっさんに夢中になることくらい、それだけ私が子どもだったことくらい、わかっていたはずだろうに。大人なんだから。
おっさんを好きな私に、おっさんは何を求めていたのだろうか。

今でも、私は子どものままなので、大人との距離の取り方が、わからなくなるときがある。
また、夢中になって、ただの女になって、飽きられるのが怖いのだ。
でも、誰かに飽きられて、置いて行かれて、途方に暮れるようなつまらない女にだけは、ならないようにしようと思っている。


言ったじゃないか / CloveR 【初回限定盤A】(DVD付)

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